Hair cuts
「もう、母さんの子は遊里だけよ」

げっそりとした顔で無理やり微笑む母に、今さら何言ってるんだよ、なんて、どうして反論できよう。母の心は飴細工のようにもろく、とても壊れやすい。あれ以来、ほとんど食べられない母は、病院へ通い始めていた。

「遊里は、母さんの側にいてくれるわよね?ね?」

痩せてぎょろりと窪んだ目で、母さんが懇願する。親父のほうを見ると、安心させてあげなさいというように無言で頷いた。

「ああ、もちろん。だから母さん、安心してよ」

それでもなんとか、ぎこちなく言うと、母の顔に少しだけ笑顔が戻り、親父も安堵のため息をついた。

なんだ、両親を喜ばせるとは、こんな簡単なことだったのか。

長年、親不幸者、出来損ないのレッテルを貼られた俺は拍子抜けした。

「平田家の息子は、お前だけだ」

そう言った親父は、初めて俺の顔を真っ直ぐにみつめたような気がした。

兄貴は俺にとって憧れの存在であると同時に、大きな壁でもあった。けしって越える事のできない、大きな壁。兄貴のように優秀でもなければ、出来た人間でもない俺は、両親を心の底から喜ばせることなんて一生ないと思っていた。でも今、二人は、俺がここにいるというだけで安堵し、満足してくれる。不謹慎だとは思うけど、生まれて初めて両親に必要とされたような気がして誇らしかった。
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