Hair cuts
「なぁ、浩人」

「うん?」

「お前、なんで美容師なんか目指したんだ」

「なんでって…」

親父の店の後継者は自分しかいない。俺は親父にとってたった一人の息子だから。息子が親父の跡を継ぐのは当然だろう。そう言いたかったが、俺は、

「理容師だと若い姉ちゃんと接触できないから」

照れくさくてこう答えた。

「ははは。なるほどな。さすが俺の息子だ」

満足げに笑い酒を煽る親父の浅黒い横顔を見つめながら、俺は、親父はあと何年生きられるのだろうと考えた。

「遊里は頑張ってるか」

「ああ、頑張ってる。大会でも入賞した。あいつ、なかなかやるんだ」

「だろうな。あそこの一家は、みんな頭がいいから」

親父が訳知り顔で頷いた。遊里の親父は学校の先生で、お袋も結婚前までは中学の先生だった。だから、本当は遊里だって頭は悪くないのだ。ただ、勉強する気力が無かっただけで。

遊里には二つ年上の兄貴がいて、その兄貴が、天才型というか、とにかく何をやらせてもそつなくこなす人だったから、遊里の両親は兄貴にばかり期待した。そのせいで、遊里の心は捻じ曲がり、早々と努力することをやめてしまったのだが、最近、その兄貴が家を出て行ったことにより、両親の愛情の矛先が初めて遊里に向けられたのだ。そのせいかどうかは知らないが、近頃の遊里は以前と違って頼もしく、生き生きとしている。
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