Hair cuts
 事件の記事はすぐに見つかった。全国版では小さく、しかし、地方紙では一面を飾ったらしい。そこに、懐かしい彼らの名前を見たとき、私は眩暈がした。

「妻を殺し夫自殺か」
6月7日午後8時半ごろ、B市の美容室「hair cuts」から叫び声が聞こえ、近所の住人が駆けつけたところ、同店の店主での竹内浩人さん(30)と妻の愛華さん(30)が倒れていた。現場に居合わせた知人男性によると、浩人さんが愛華さんの首を刃物で切りつけたので助けを呼びに行き、戻ってくると、浩人さんも倒れていたという。警察はこの知人男性が経緯を知っているとみて詳しい事情を聞きいている。

ああ、浩人と愛華だ。この知人男性というのが遊里なのだろう。

同性同名ではないと確信したのは、浩人が経営していた理・美容店「hair cuts」の名前を見たからだ。

なぜ、どうして?一体、何があったのだろう?

記事には、三人の関係を面白おかしく書きたてるようなことは何もなかった。母はきっと人づてに事件のあらましを知ったのだろう。なんといっても狭い街だから。

浩人と愛華が死んだとわかっても、東京にいる今の私にできることは何も無かった。もう一ヵ月も前のことだ。葬式も通夜もとっくに終わっているだろう。お墓参りのだって、私はどこのお墓へ行けばいいのか。浩人が愛華を殺して自殺したのなら、二人は別々の場所に眠っているに違いない。それに、やっぱりまだ実感が沸かなかった。二人が死んだ事を頭では理解した。けれど、現実味が無さ過ぎて、悲しみが追いついてこないのだ。
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