Hair cuts
「にー」

薄れゆく意識の中で、母の顔はいつまでもぼやけたまんまで、思い出そうとすればするほど、薄くなっていき、代わりに浮かんだのはさくらの顔だった。あたしのたった一人の友達。親友。

何かあったらいつでも相談するんだよ。親友なんだから!

さくらはいつだってそう言ってくれる。それなのに、あたしは、今日子供を堕胎することをさくらに話していない。きっとさくらなら言うだろう。浩人に相談するべきだって。それから、浩人の軽率な行為をなじり、あたしに同情するだろう。そして、あたしを軽蔑するだろう。

さくらは健全な考えの持ち主だ。言う事は的を得ていて、自分の意思をしっかりと持っている。そして優しい。あたしはさくらが大好きで、どんな感情でも共有したいと思っているけれど、たった一つだけ共有できない感情がある。それは、浩人を愛するという想いだ。これだけは、あたしと浩人にしか…。いいや、あたしにしかわからない。

今、浩人は多くの問題を抱えすぎていて、心がちょっとだけ風邪を引いている。その風邪を治してあげるのがあたしの役目で、こじらすようなことはしたくない。だから、苦しむのは、あたし一人で充分だ。
< 140 / 166 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop