Hair cuts

浩人が愛華に暴力を振るったのはこれが始めてじゃないらしい。結婚前も、何度か手を上げられたことはあるそうだが、頻繁ではなかった。年に一度、あるか、ないか。今回だって久しぶりだったんだから、と、愛華は力なく笑った。

（私が、いけないの。浩人を不安にさせるから。浩人の許可無く外出するから。男のお客さんに笑いかけたから。電話に出なかったから。メールを返さなかったから。だから、浩人心配して。本当に子供でしょう？でも、やきもちやいてもらってるうちが花よね？）

俺は何も言えなかった。ただ浩人のしている事が間違っているという事だけはわかっていたけれど、それを、どうやって浩人に切り出していいのか、浩人の行動全てが愛情だと信じている愛華にどう説明するべきか、検討もつかなかった。友達でも、夫婦の間に起こっている問題には軽々しく立ち入るべきではないと思ったから。

でも、そんな常識なんて捨てるべきだったと今となっては後悔している。

勿論、浩人の愛華へ対する束縛が激しいのは知っていた。でも、少なくとも女に手を上げるような奴ではないと思っていた。なぜなら、浩人の親父さんがそうだったから。それで浩人の母親は家を出て行ったんだ。なのに、浩人は、死んだ親父さんと同じことを愛華にしていた。信じられなかった。

考えあぐねいた末、やっぱり見過ごすようなことはできないという結論に至った。俺は浩人にそれとなく話してみることを提案した。こんなこと間違ってるって諭してやろうと。

でも、愛華はそれを拒んだ。

（余計な事しないで。それよりも、浩人が帰ってくる前に帰ってくれない？浩人に用事があるなら四時以降にもう一度来て！でないと、あたし…）

愛華の声は切実で、自分でも気付かないうちに震えていた。つまり、浩人は、俺でさえ、愛華と二人きりになるのを許さなかったわけだ。