Hair cuts
その日、俺はひとまず家に帰った。でも、どうしても愛華のことが気になって、浩人に内緒で連絡を取っていた。

初めは俺を頑なに拒んだ愛華も、そのうち心を開き始めた。浩人の異常な束縛や暴力は相変わらずだったけれど、愛華は浩人を変わらず愛していた。俺というはけ口を見つけて愛華の心が軽くなったのは間違いないだろう。

そのうち、俺が連絡しなくても、隙を見ては愛華は俺とコンタクトを取るようになった。浩人の愛華へ対する暴力はだんだんとひどくなっていたが、それでも愛華はそっとしておいて欲しいと懇願した。遊里が聞いてくれるだけでいいからって。

でも、多分、愛華が本当に胸のうちをさらけ出したかった相手はさくらだったんじゃないかな。

二人きりで会っていたとはいえ、俺たちは特に何するわけでもなかった。勤めていたサロンの話をしたり、客の話をしたり、それから、さくら、お前の話を良くした。俺たちの共通した感情は、さくら、お前だった。俺たちは、さくらのことが好きだった。

そうだ。俺はお前に未練たらたらだったんだ。

しかも、その頃俺は、別に問題も抱えていた。両親と和解した兄貴が実家へ入ることになって、俺はお払い箱になったんだ。孫が可愛いというのも勿論あったけど、何より両親の心を動かしたのは、兄貴が司法書士の試験に合格したことだった。それで、両親はこれまでのことを全て水に流し、兄貴を再び、家の跡継ぎと認めたんだ。

そういうことが重なって俺の心は荒れた。なんのためにこっちへ残って、さくらと別れたんだろうってばからしくなった。そうしたら、もう美容師を続ける意思も無くなって、長年勤めたサロンも辞めた。
< 149 / 166 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop