Hair cuts
「また、生徒に舐められて」

振り返ると、大場先生が立っていた。大場先生は今、この学校の校長先生だ。

「若いっていいですね。悩みがなくって」

ローションでべたつくコームを洗いながら、思わずそう呟くと、

「あら。そんなことはないわよ」

そう言いながら、大場先生が手伝ってくれた。遠い昔、同じようなことがあったような気がすると、あたしはぼんやり思ったけれど、その時、先生とどんな話をしたのかは、まるで思い出せない。

「彼女たちは彼女たちなりに色々悩んでるのよ。あなただってそうだったでしょう?」

「さぁ、どうでしょう。あまりにも昔の事で思い出せません」

私は肩を竦めた。ふっと、顔を上げると、目の前の鏡には、もう若いとは言えない自分の顔が映っている。

あの頃、私は何に悩んでいたのだろう。今となってはその内容を思い出すことが出来ないのに、心が痛みだけを記憶してしくしくとうずいた。

遊里や愛華や浩人も、こんな風に胸を痛める出来事をいくつも経験したのだろう。でも、それをみんなで分かち合ったのはほんの僅かで、あとは、それぞれの胸の中で燻り続けた。

私たちは本当に仲が良かった。でも、互いの痛みを分かり合うことはしなかったし、本当に弱い部分をさらけ出す事もしなかった。

あの頃私たちは、子供というには大人びていて、大人というには頼りない年齢だった。十代最後のあの時期。自尊心とプライドが何をするにも邪魔をして、素直に語り合う事ができなかった。大好きだったのに。とても大好きだったはずなのに。
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