Hair cuts
でも、その忙しさのおかげで、ジルのことを思い出す暇もなかったのは、かえって良かったのかもしれない。
グアムへ行く日の早朝、ジルは久しぶりにこの部屋にやってきた。分厚い封筒を片手に。
「さくらさんには、感謝してる」
そう言うと、ジルはその封筒をテーブルの上に置いた。共に食事し、ジルが詩を書くために使った思い出のテーブルが一瞬で汚れたような気がした。明け方帰って来た私に、ジルはよくお茶漬けを作ってくれた。オセロやトランプをして遊んだ。そのままテーブルの上につっぷして眠ってしまったこともある。そんないくつもの時間が一気に色あせた。封筒の中身は開けずともわかっていた。ジルの感謝の気持。慰謝料のつもりなのだろう。
「そんな物、もらうつもりなんかないから」
「でも、そうしなきゃ、俺の気持も修まらないから。さくらさんのおかげで、ここまでこれたわけだし」
そう言って困ったように微笑んだジルに、私は危うく叫びそうになった。
(なら、どうして私を捨てたの?売れた途端、他に女を作って出て行くなんて、最低じゃない!)
また、こうも言いたかった。
(下積み時代支えてやったのはどこの誰だと思ってるの?これっぽっちのお金で解決しようなんて。返して欲しいのはお金じゃない。時間よ!)
でも、結局言えなかった。有名人が売れた途端下積み時代の恋人や妻を捨てて、若い恋人を作るのは珍しい話ではないし、下積み時代支えたといっても、私はジルに金銭的な援助をしたわけではなかった。ただ、眠る場所と食べ物を提供しただけだ。しかも、それは私の意志でしたことだった。
時間だって、そう。もし五年前のあの日に戻って、お腹を空かせたジルが同じように部屋の前に立っていたとする。そこで、私はジルを追い返すかと聞かれれば、否だ。きっと私はあの日と同じように、塩できつくむすんだおにぎりを食べさせ、ジルと暮らし始めるだろう。
グアムへ行く日の早朝、ジルは久しぶりにこの部屋にやってきた。分厚い封筒を片手に。
「さくらさんには、感謝してる」
そう言うと、ジルはその封筒をテーブルの上に置いた。共に食事し、ジルが詩を書くために使った思い出のテーブルが一瞬で汚れたような気がした。明け方帰って来た私に、ジルはよくお茶漬けを作ってくれた。オセロやトランプをして遊んだ。そのままテーブルの上につっぷして眠ってしまったこともある。そんないくつもの時間が一気に色あせた。封筒の中身は開けずともわかっていた。ジルの感謝の気持。慰謝料のつもりなのだろう。
「そんな物、もらうつもりなんかないから」
「でも、そうしなきゃ、俺の気持も修まらないから。さくらさんのおかげで、ここまでこれたわけだし」
そう言って困ったように微笑んだジルに、私は危うく叫びそうになった。
(なら、どうして私を捨てたの?売れた途端、他に女を作って出て行くなんて、最低じゃない!)
また、こうも言いたかった。
(下積み時代支えてやったのはどこの誰だと思ってるの?これっぽっちのお金で解決しようなんて。返して欲しいのはお金じゃない。時間よ!)
でも、結局言えなかった。有名人が売れた途端下積み時代の恋人や妻を捨てて、若い恋人を作るのは珍しい話ではないし、下積み時代支えたといっても、私はジルに金銭的な援助をしたわけではなかった。ただ、眠る場所と食べ物を提供しただけだ。しかも、それは私の意志でしたことだった。
時間だって、そう。もし五年前のあの日に戻って、お腹を空かせたジルが同じように部屋の前に立っていたとする。そこで、私はジルを追い返すかと聞かれれば、否だ。きっと私はあの日と同じように、塩できつくむすんだおにぎりを食べさせ、ジルと暮らし始めるだろう。