Hair cuts
親父とお袋は両親の大反対を受け、駆け落ち同然で結婚した。ほとんど親父がお袋をさらって一緒になったと言っても過言じゃない。そういうわけで俺にはあまり親戚がいない。特にお袋サイドの親戚なんて一人も知らない。お袋に友達がいるなんて聞いたこともない。親父がそういう風にした。お袋が孤独になるように。自分以外いなくなるように。

お袋は小さくて色白でいつも困ったような笑い方をする人だった。自分というものを持たず、俺が親父に殴られているときも、悲しそうな顔をして親父に訴えかけるだけ。口答えはいっさいせず、親父の言われた通りに行動し、親父が反対すること(化粧をしたり、派手な服を着たり、同窓会へ出向いたり)はしない。働きにも行かず、親父の店を手伝い、親父が出かけるときは留守を預かり、一歩も外へ出なかった。まるで賢い犬のよう。

その犬が、ふらりといなくなったのは俺が七歳のとき。当時親父は週に一度後輩のやっている柔道教室の手伝いへ行っていて、その日だけは一人きりで出かけた。普段なら、俺もお袋と一緒に家で待っているはずだった。親父にも、自分が家を空ける日は絶対に出かけちゃいけないときつく言われていた。

けど、その日俺はそのいいつけを破った。どうしてもゲームをしたかったからだ。そのゲームは新発売で、値段も高く、どんなに頼んでも俺は買ってもらえなかった。もともと親父はゲームの類が嫌いだ。そんなもんで遊んでいる暇があるなら外で遊ぶか柔道しろ。体も鍛えられるし、目も悪くならねぇ。というのが親父の見解で、つまり親父は体育ばかなのだが、でも俺は、畳に投げつけられて痛いばかりの柔道の面白さなどこれっぽっちも理解できず、ついでに外は暑いし寒いしの軟弱ボーイだったから、柔道より断然ゲームがしたかった。
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