Hair cuts
親父が出かけた後、絶妙なタイミングで電話が鳴った。遊里だった。何でも、ゲームをさせてやるから遊びに来いという。ゲームは遊里の兄貴の物なのだが、兄貴が塾へ行き、家に誰もいなくなったので遊ばせてやるというのだ。

俺は悩んだ。普段、遊里の家は子共の出入りを禁じている。それに、ゲームは兄貴の物だから遊里が遊ぶのも触れるのも禁止。けど、今なら遊里の家で思う存分ゲームができる。そういうチャンスはなかなかない。ものすごく行きたかった。けど、親父との約束は絶対だ。

すると電話の側で話を聞いていたお袋が「浩人、よかったら遊びに行ってきてもいいのよ」なんて珍しいことを言う。いつもは親父が怖くて俺がせがんでも近所の駄菓子屋にも出かけられないお袋が、その日に限って遊んで来いと言う。「お父さんが帰ってくる少し前に帰ってくればばれないから。ね?」と。

そうか、その手があったか。俺の心は浮き立った。遊びに行かれる嬉しさと、お袋と共犯者になれるという喜びで舞い上がった。だから、お袋の普段とは違う態度には疑問を抱かなかった。むしろ、お袋にもこんな狡さがあったのだと安堵したほどだ。

それで俺は親父がでかけたあと、遊里の家へ向った。お袋はいつもの困ったような笑顔で手を振って見送ってくれた。特別な会話はなかった。

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