Hair cuts
遊里の家でゲームを堪能した俺は、親父の帰る三十分前には家に着いていた。外出時間はほんの一時間ほどだ。けど、その間にお袋はいなくなっていた。夕食の準備は二人分しかされていなかったから、計画的だったのだろう。

俺はその晩親父に死ぬほど殴られた。(おめぇがきちんと見張っていないから)そう言って、親父は泣きながら俺の頬を殴り続けた。

お袋が店の常連客と逃げたと知ったのは、それから何年もしてからだ。お袋が出て行ってからきっちり七年後、両親の離婚が成立した。

親父はお袋を恨んでいる。殺してしまいたいほど憎んでいる。けど、それは愛している証拠なのだ。

そうだ。親父はお袋を愛している。俺よりずっと自分を裏切ったお袋を愛している。だから今でも俺のことが許せない。だから俺を殴る。蹴る。投げる。罵る。

ごめんよ、親父。あの時俺が出かけなければ。あの時お袋の異変に気づいていれば。あの時、遊里が電話を掛けてよこさなければ…。

お袋は、小さくて、色白で、困ったような顔で笑う、ぱっと見は冴えない女だけれど、時々、子供のでもはっとするほど綺麗に見える瞬間があった。

親父から逃げたお袋は愛華とよく似ている。
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