Hair cuts
黙っているとみぞおちに一撃、ずっしりと重い親父のこぶしがめり込んだ。俺は、折りたたみ式のベッドみたいに二つに折れてその場へしゃがみこむ。さっき食べた物が逆流しそうになるのをすんでのところで飲み込んだ。酸っぱい。

「お前が俺の言うことを聞かないからこんなことになったんだ。お前のせいだ」

呼吸の整わないうちに親父が俺の髪の毛を乱暴に掴んだ。俺はあやつり人形みたいんいだらんとしたまま立たされ、振り回される。ぶちぶちぶちって、髪の毛の抜ける音がして、頭皮にぴりぴりとした焼けるような痛みが走った。

(髪の毛は束でひっぱると痛くありません。むしろ少しだけつまんで引っ張った方が痛いのです。だからお客様に施術するときは、少量の髪の毛をつまんで強く引っ張ることのないように気をつけてください)

久美ちゃん先生の授業のワンシーンがなぜかこのタイミングで甦った。

親父。ずりぃよ。どうせ髪の毛掴むんなら鷲づかみにしろよ。そうすりゃ痛くもねぇし、抜けもしねぇのに。なのに、今毛先をちょびっとだけ掴んで振り回すなんてさ、さすが理容師だよ。この原理知ってんだな。

そう思ったら、笑いが込み上げてきて、ふっと口から息が漏れた。
< 82 / 166 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop