Hair cuts
お袋が出て行ってから、近所の人が俺のうちの噂話をしているのを聞いたことがある。あれは近所の集会所で、子ども会の行事か何かの寄り合いのあった日。

「浩人君のお母さん、下山さんと逃げたんでしょう?」

「まあ、あの旦那なら逃げたくもなるわね。嫉妬深いにも限度があるでしょう。新婚でもあるまいし」

「でも下山さんって、おじいさんじゃない」

「けど、一番の被害者は浩人君でしょう。子供に罪はないから」

集会所で昼食の準備をする婦人会の会話。そこに俺がいるとも知らず、よその母親たちは手よりも口をせっせと動かしていたっけ。

「まあ、今時片親って珍しくもないけどね。うちも離婚してるから」

「そういう私も独身だわ。かっさらってくれる男はいないけどね」

シングルマザーの母親二人が言うと、はははと笑いが起こった。俺は、今すぐにでもそこへ乗り込み、テーブルに並んだ食事をひっくり返したい衝動を抑えるのが精一杯だった。

「けど…」

我慢の糸が切れそうな寸前、まだ誰かが話し始めるのが聞こえた。やめろ。これ以上俺たちを笑い者にするな。願うような気持でいると、

「けど、同じ片親でも、母親に置いていかれた子供のほうが、なんだか不幸だわ」

そう言ったのは、遊里のお袋だった。

同じ片親でも、母親に捨てられた子供のほうが不幸

その言葉は、幼い俺の小さな胸に深く刺さったまんま、今も抜けないでいる。
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