Hair cuts
「親父、もういいだろ。こんなところで寝るなよ」

いつの間にか大人しくなっていた親父の肩を揺すり寝室へ運ぼうとした。けど、さんざんいたぶられた体はぎしぎちと悲鳴をあげて、ちっとも言う事をきかない。それでなくとも筋肉質な親父の体は重い。背ばかり高くても痩せた俺は親父を持ち上げるなんてできなかった。

「うるせぇ」

親父が俺の手を払いのける。口の端に、だらしなく涎をたらしている。

「頼むよ、親父」

そっと親父の体に触れた。親父の腕は筋肉で盛り上がり、指も太くごつごつと硬い。この指で起用にシザーズを操る。レザーを滑らす。親父は腕のいい理容師だ。

お袋がいなくなってから、床屋をしながら俺を育ててくれたのは、この人だ。この腕のおかげで俺は大きくなった。

俺はお袋よりずっと親父が好きだ。親父の味方だ。
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