本当の俺を愛してくれないか?
不思議だな、彼女。...小林さんは。


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「...疲れた」


静かな我が家。1LDKの賃貸マンション。時計を見ると、夜中の二時を指していた。
部屋の中は静まり返っていて、時計の秒針の音だけが異様に響き渡る。


ずっとパソコンをやっていたせいか、肩は痛いし、目も痛い。


「...そろそろ寝るか」


一人暮らしを初めて数ヵ月経つというのに、いまだに慣れない。
...この静かな環境に。
今までだったら、三人で一緒に暮らしていて。いつも賑やかで、声がしないことなんてなかった。そんな生活がいつの間にか当たり前になっていて、今の生活が当たり前なのに、違和感を感じてしまう。


「...桜子の奴、ちゃんとやってんのかな」


菜々子は実家暮らしだといっていたから、心配ないけど。問題は桜子だ。桜子も俺と同じ一人暮らし。
...出来るのか?あいつに。一人暮らしなんて高度な技が。


「...まぁ、でも何も連絡ないしな」


連絡がないってことは、元気な証拠だろ。もしかしたら、意外に困ることなく、楽しんでやっているのかもしれない。


俺達も、もう28歳。...だいぶ大人だな。昔は早く自由な大人になりたくて堪らなかったけど、実際なってみても、なんら実感ない。学校というルールが社会のルールに変わっただけ。
毎日忙しくて、縦社会で...。
あんなに憧れていた自由な大人の世界は、こんなもんだったんだ。


「...寝よう」


一人で夜遅くまで起きていると、ろくな考えしか思い浮かばない。
そう思い、パソコンの電源を落として、眠りに就いた。


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それからの日常は特に変わったことなく過ぎていき、毎日仕事に終われる日々だった。

忙しく働いていると、何も考えることは出来なくて、それがまた原動力となった。

刻々と時間は流れ、気付けばまた一つ歳をとり、29歳を迎えようとしていた。



「...それでは!部長作のヒットを祝ってー...」


「「乾杯ー!!」」


密室の中、響き渡るグラスがぶつかり合う音。



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