徒花
大袈裟に肩をすくめて見せた沙希は、椅子の背もたれに背を預ける。

私は頬杖をついてそんな沙希を見た。



「カレシくらい、その気になればすぐにできるでしょうに。沙希、モテるんだから」

「どうかなぁ」

「あ、やっぱり好きな人がいるんだぁ?」


笑いながら聞いたのに、沙希は急に物憂い顔になった。



「昔はね、そういうの、簡単だった。自分の気持ちがちゃんとわかってた。でも、大人になると、曖昧になっちゃうんだよね」

「曖昧?」

「なんていうかさぁ、別に好きじゃなくても付き合えるし、エッチだってできちゃうわけじゃん? 全部、何となくで」

「まぁね」

「そしたらさ、感情だけ置いてけぼりで。わかんないんだよ。もう、好きってのがどういう気持ちだったかとか、恋がどんなもんかとか」

「………」

「だから、あたしが“あいつ”に抱いてるこの感情は、一体何なんだろう、って」


わからないわけではない。

コウと出会うまでの私は、今の沙希と似たようなものだったから。



「試しに“あいつ”と付き合ってみれば? そしたら何かわかるかもよ」

「勘弁してよ。向こうにそんな気はないだろうし、大体、あたしが告白なんて、ねぇ? やり方すらわかんないし、そんなんで振られた日には、笑うしかないじゃない」


沙希は困ったような顔をする。


何だかんだ言っても、沙希は“あいつ”が好きなのだろう。

まだそれに自分で気付けていないだけで。



「で? “あいつ”って? 私の知ってる人?」

「内緒」

「えー? そこまで言っといて、気になるじゃない」

「ごめん、ごめん。でも、人に言うのはもうちょっと自分の気持ちと向き合ってからじゃないとなぁ、って」


中途半端にお預けを喰らったような私は、ぶぅ、と頬を膨らませた。



私たちは、ハタチで、“大人”で。

けれどそれは、小さな頃に想像していた姿よりずっと、頼りなくて弱いもの。


いつまで経っても迷いながら手探りで進むしかなくて。

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