徒花
マンションの近くのコンビニまで送ってもらった。
「ありがとう」
何に対してなのかはわからない、けれどその言葉は自然に出た。
コウは首を傾けて笑いながら「おー」と言った。
「あと、こっちも」
私は借りていた上着を差し出した。
でも、コウは受け取らず、
「寒いっしょ。それ、羽織って帰ればいいから」
「え?」
「今度会った時に返して」
「………」
「っていうのはまぁ、口実なんだけど」
意図がわかったから、私は噴き出したように笑ってしまった。
自信過剰みたいなコウの顔が、ちょっと不貞腐れるように崩れて。
「何で笑うかな」
「ごめん、ごめん。ベタなこと言うんだなぁ、と思ったから。でも、わかったよ。じゃあ、これ、ありがたく借りて帰るね」
言った私に、コウは一瞬、驚いて見せ、
「それって、期待していいの?」
「さぁ?」
私ははぐらかして、車を降りた。
コウは「嫌な女だ」とわざとらしく肩をすくめる。
「じゃあね」
私は手をひらひらとさせ、さっさと車に背を向けた。
甘い匂いの残るコウの上着を羽織り直し、マンションの方へと足を踏み出す。
今日は楽しい夜だったなと、思いながら月を見上げた。