徒花


出掛けに玄関でキスをして、コウを送り出した。

それからずっと部屋でごろごろしていたら、お昼になって、コウから電話が掛かってきた。



「弁当、美味かった。手紙も入ってたのはビビったけどな。社長に見られて笑われたよ」

「仕事、どう?」

「んー。覚えることだらけで頭パンクしそう。まだ当分は見習いって感じ」

「そっか」

「でも、お前のためだと思ったら、頑張れるよ」


安心した。

私は本当に『オカン』になったみたいな気持ちで、ほっと胸を撫で下ろす。



「けど、夜は覚えてろよ。今朝のリベンジだ」

「えー? やだ。馬鹿」

「あ?」

「今の台詞で全部台無し」

「うるせぇなぁ」

「あ、仕事のついでに浮気とかしたらダメだからね」

「しねぇよ。女なんて事務のおばさんしかいねぇし。っていうか、いてももうそんなことする気ねぇから、マジで」

「ほんとにぃ?」

「ほんとだっつーの」


私たちは、電話越しに笑い合う。

その時、電話口の後ろから、しわがれた声で「コウ!」と呼ぶ声がした。



「あ、やべぇ! もう休憩終わりだから、行くわ!」

「うん。頑張ってね」


電話を切って、私は思い出し笑いをしながら、ソファに崩れた。



コウが頑張ってくれてるように、私も頑張らなきゃと思う。

そう思うと、不思議なもので、活力が湧いてきた。


私だっていつまでもこんなままじゃダメだ。

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