徒花
指輪
毎日は忙しく過ぎた。
私は少しだけ、前よりも料理が得意になった。
何より、コウの喜んでくれる顔を見られることだけで満足だった。
私は、頑張っているコウを支えてあげたかった。
「ったく、コウが仕事なんか始めやがった所為で、俺は暇すぎて困るよ」
日曜の夜、久しぶりにショットバーでコウと顔を合わせたらしいダボくんは、ビールを一気に流し込みながら、そう毒づく。
「つーか、コウが真面目だと逆に不気味だし」
「うるせぇなぁ」
言い合うふたりを横目に、私は口を挟んだ。
「ダボくんは? 仕事してないの?」
「してるっていうか、してないっていうか」
ダボくんは曖昧な言い方をする。
が、代わりに教えてくれたのはコウだった。
「ダボの実家、旅館やってんだけど。たまに気まぐれで手伝いする以外は、なぁ?」
「俺はもっぱら、宴会の司会と盛り上げ役」
「ついでに勧められて一緒に酒飲んでんだから、いい気なもんだよ」
「兄貴と兄嫁がいるから旅館の未来は安泰だし、楽でいいよ、次男は。最高」
ダボくんはケラケラと笑いながら、ビールのおかわりを注文した。
だけど、コウは急に真面目な顔をして、そんなダボくんを一瞥する。
「なぁ、お前さぁ、ほんとにそれでいいのかよ」
「何が?」
「昔言ってたじゃん。『俺があの旅館を継いで、もっとでっかくしたいんだ』って」
「いつの話してんだか」
「けど、お前、ほんとは夢だったんだろ? なのに、兄貴のために、って諦めて。自分が我慢することで『旅館の未来は安泰』?」