徒花
ダボくんは舌打ちした。



「じゃあ聞くけど、誰がそれを許してくれる? 俺が跡継いでどうなんの。わざわざ揉め事の火種を作って、何になるっていうんだよ」

「………」

「そうだよ、俺はあの旅館を継ぎたかったよ。でも、頑張ってる兄貴や兄貴の嫁を見てたら、そんなこと言えねぇだろ。折角家族がまとまってんのに。だから俺が我慢して、馬鹿なフリしてる方がいいんだよ」

「………」

「わかった風なこと言ってるけど、お前、全然わかってねぇよ。自分が働き出したからって、偉そうに人のことにまで口出すなよ」


ダボくんが怒るなんて本当に珍しいことだ。

コウはぼそりと「ごめん」と言った。


家族のために、旅館の未来のために、自分の夢を諦めたダボくん。


そんなダボくんを、否定していいはずなんてない。

チャラチャラ遊んでるように見えていただけだったけど、ダボくんはダボくんなりに、きっと、人知れず悩んで出した、それが結論なのだろうから。



「気分悪いし、俺今日帰るわ」


ダボくんは席を立つ。

店を出るダボくんの後ろ姿を見つめながら、さすがにコウも言い過ぎたと思ったらしく、バツが悪そうな顔をする。



「あとでちゃんと、ダボくんに謝らなきゃだよ?」

「だな」

「っていうか、びっくりした。人は見掛けに寄らないっていうか、ダボくんって実は色々考えてたんだね」


遅れてバーテンが、ダボくんが注文したビールを運んできた。

コウはそれを受け取り、喉の奥に流し込んで、



「ダボはさぁ、ほんとはすげぇ頭いいんだよ。勉強も運動もできて。少年野球チームに入ってた頃は、エースで4番だったんだから」

「マジで?」

「マジで、マジで。でも、いっつも馬鹿なことばっか言っててさ。今にして思えば、あれ全部、わざとだったんだろうな」

「………」
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