徒花


コウが働き出して、一ヶ月。

初めての給料日。


夜、いつもの帰宅時間より一時間ほど過ぎた頃、帰ってきたコウと一緒に、少し高めのレストランに向かった。



コース料理を選べて、パンは食べ放題のところ。

そして午後8時からは、ピアノの生演奏もしてくれるらしい。


久しぶりに飲んだシャンパンは、本当に美味しかった。



「最近、ほとんど外食なんてしてなかったから、たまにはこういうのもいいよな」

「でしょ? ここね、すっごい評判いいんだって。ずっと前から調べてたんだ」


コウは厚切りの牛フィレ肉にナイフを入れる。


その所作はなめらかだった。

何だかんだ言っても、こういう端々に育ちのよさが滲み出ていると思う。



「仕事やってる感慨は?」


聞いてみたら、コウは少し考えるように宙を仰ぎながらも、



「あんまりねぇな。けど、もうオールで遊びまくれるほどの体力はなくなった。俺、密かにジジイになってんのかも」

「………」

「でもさ、今の方が、特に何があるってわけでもないけど、毎日それなりに楽しいし。昔は常に刺激を求めてたけど、そういうのはもう必要ないっつーか」


コウは口元を緩めた。

イタズラにではなく、柔らかい笑みで。


いつの間に、コウはこういう顔をするようになったんだろう。


いい意味でヤンチャっぽさが抜けて、ぐっと大人の男としての色香や精悍さが増したと思う。

人は変わるものだなと思った。



「ジジイでも、コウは今の方がかっこいいよ」

「なぁ、それって褒め言葉だよな?」

「もちろん」
< 120 / 286 >

この作品をシェア

pagetop