徒花
喪失
あれからの私は、ひどく冷静だった。
悲しみの涙を流すような感情も削ぎ落ち、けれどまだ生きていた。
生ける人形のようなものだった。
携帯を解約し、新しい番号にした。
部屋の鍵も替えて、近所のビジネスホテルに滞在した。
私はきっと、あの日のことを、なかったことにしようと努めていたのだと思う。
心を無にすれば記憶まで消える気がしていた。
だから顔を歪めながら、作った笑いを張り付けていた。
馬鹿みたいに買い物する私を見た沙希は、
「マリア、今日テンション高すぎじゃない?」
「そう? 普通でしょ」
「いや、あんたは何かあるとすぐにわけわかんないもんを大量に買うからね」
「だからぁ、ほんとそういうのじゃなくて。夏物のセールやってたから、買わなきゃ損だと思っただけだよ」
「ほんとにぃ?」
「しつこーい! 折角、ミスドでも奢ろうかと思ったけど、やーめた」
「うそっ! ごめん! 奢って!」
さして気にされなかったことに安堵する。
だから上手く誤魔化せているのだろう。
私はさらに顔を歪めて笑った。
嬉しい時の顔は口角を上げて、悲しい時の顔は眉尻を下げて、と。
大丈夫。
私は大丈夫。
念じるようにその言葉を繰り返した。
もう、コウなんていらない。