徒花
そして、その日はやってきた。
毎日のように沙希と、昼は買い物をし、夜はクラブで過ごしていたが、今日に限って都合が悪いと言われてしまった私は、仕方なくひとりで街をふらふらとしていた。
ひとりになるのは4日ぶりのことだった。
ひとりになると、ふとあの瞬間のことが脳裏をよぎり、ぞわりと全身に鳥肌が立つ。
それでも、私は首を振ってそれを振り払い、また適当に歩いた。
駅まで来た時、その人はいた。
「無視かよ」
コウはロータリーで車に寄り掛かるようにして煙草を咥えている。
どんな表情かは見なくてもわかった。
低い声に威圧される。
「てめぇ、何考えてんだよ? 帰ってこなくて心配してたら、いきなり携帯解約するわ、部屋の鍵は替えるわ。俺が納得できる理由があるなら今のうちに言ってみろ」
「理由? わかんない? コウと別れたいからでしょ。それ以外にある?」
「あ?」
その声はさらに低く、そして歪んだものになった。
「ふざけてんじゃねぇぞ。何が気に入らねぇんだよ?」
「は?」
馬鹿にしてんじゃないのかと思った。
私にあれだけのことをしておいて、よく言えたものだ。
コウはあれが当たり前のことだとでも言いたいのだろうか。
「ふざけてんのはどっちよ! ありえない! わかんないなら自分の胸に手を当てて聞いてみたら?」
「俺が何したって言うんだよ」
「それ、本気で言ってるなら、相当、頭おかしいんじゃないの?」