徒花
もう何も考えられなくなった。
食べたくない。
眠りたくない。
一切を拒絶して、なのにまだ死ねなかった。
ふとした瞬間に思い出す、男たちの顔と手の感触。
だからそれを振り払いたくて私は、自らの太ももに傷を増やした。
痛みで思考を遮断する術しかなかった。
右足の太ももでは収まり切らなくなった傷は、次第に左足の太ももにまで増殖した。
半袖の季節でも、そこなら誰にもばれることはないから。
そのうち昼夜がわからなくなってきた。
作った薄気味の悪い笑顔で顔はいつも引き攣っていた。
「何か痩せたね」と聞いてくる沙希には、「夏に向けたダイエットだよ」と言うだけで簡単に騙されてくれる。
馬鹿な友達。
馬鹿な日常。
馬鹿な私。
コウには何人ものカノジョができたらしい。
だけどそれすらどうだってよかった。
コウのことを思い出すと、いつもその顔には黒いもやのようなものがかかっていたから。
だから私はもう、コウとの日々を、“過去”にできたのだと思う。
とても喜ばしいこと。
なのに、削ぎ落ちてしまった“何か”が、戻ることはなくて。