徒花
古びたアパートの一室は、煙草臭くてごちゃごちゃしてて、相変わらず、万年床が敷かれていた。
だからまるで懐かしい頃にトリップしたようにさえ錯覚する。
てっちゃんは私のお気に入りのDVDをセットした。
オープニング画面からは古い洋楽が流れる。
膝を抱えて座る私の横に、てっちゃんも昔みたいに腰を下ろした。
それからどれくらいが経っただろう、
「前も言ったけど、俺あれからちょっとは真面目にやってんだ」
画面を見つめながら、てっちゃんはぼそりと言った。
「そんでマリアのこと待ってた。そしたら会えた。偶然でも何でもいいけど、嬉しかった」
「うん」
「俺がマリアのこと見間違うはずねぇもん。だから追い掛けたんだ。どうしても捕まえたかったから」
肩を引き寄せられた。
だから見上げると、唇が触れた。
私は抵抗しなかった。
「私もてっちゃんと会えて嬉しかったよ」
それは嘘ではない。
てっちゃんならば、未だフラッシュバックするあの日の残像を消し去ってくれる気がするから。
時計の針を巻き戻したように過ごせば、何もかもがなかったことになってくれる気がするから。
「戻ってこいよ、マリア」
てっちゃんは私を万年床に押し倒した。
あらわになった太ももの傷を見たてっちゃんが、何か言うことはない。
てっちゃんはいつも何も聞かないからこそ、ぬるま湯のようで心地がいい。
タトゥーがぐるぐる巻かれた腕に抱かれながら、私はさらに堕ちていく。