徒花
今の私があるのは、間違いなくてっちゃんのおかげだ。

そんなことを思い出して、少しだけ石のように凝り固まっていた心が動いた。



私はてっちゃんのことが大切だった。



ずっとそうだった。

ずっとずっとそうだったはずなのに。



「俺、愛されたことなかったんだ。だから愛し方も知らなかった。自分が人を愛せるような人間だとも思ってなかった」

「………」

「ババアは俺を14で産んだんだって。そんで俺はババアのババアに育てられた。ババアは今、新しい家族と暮らしてるらしい。俺ババアの顔とかもよく知らないし」

「………」

「俺を育ててくれたババアのババアは事あるごとに俺を棒で殴った。俺がババアのババアを棒で殴り返したのは、俺が14の時だった」

「………」

「そしたら俺は鑑別に行かされた。暴力的で危ない子だって言われた。誰も俺の気持ちなんてわかってくれなかった」

「………」

「何もかもが憎かった。憎しみしかなかった。憎悪で自分自身が爆発しそうだった」

「………」

「だから愛なんてもんは空想の世界の産物でしかないんだってずっと思ってた。ツチノコとかと一緒で、実際には存在しないもんなんだ、って」

「………」

「でも、マリアに会った。会わなかったらわかんなかった。マリアは絶対に俺を否定しない。それだけのことで救われたんだ」

「………」

「なのに俺は身勝手だから、そういうこと忘れてた。色んな女に囲まれて、求められて浮かれてた」

「………」

「だけどあの時、マリアが俺の前からいなくなって、やっと頭打った。何を本当に大切にしなきゃいけないのか、気付いたんだ」


それは最後にてっちゃんが私に見せた、本当の姿だったのかもしれない。


人は誰しも弱さを抱えて生きている。

いつもこんな私を受け入れてくれるてっちゃんの、それが本音。



一体いつぶりに、こんなにも夜が静かだと感じただろう。

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