徒花
嵐の前の静けさにも似た、まるで世界が終わる寸前のような静寂。
私はてっちゃんの腕に抱かれた。
ぐるぐる巻きになったタトゥーを指でなぞると、てっちゃんがくすりと笑う。
「ねぇ、これって何の模様なの?」
「炎の形を模したトライバルだよ。燃え尽きて消えたいと思った時に、何でだか増えてた」
「いっつも知らない間に増殖してるもんね」
「マリアがいない時に、不意に思い立って入れるんだよ」
「それって私の所為みたいじゃない」
てっちゃんはまた笑って私にキスをした。
触れた唇から、体温を感じた。
そんなことさえ一体いつぶりなのかも思い出せない。
人があたたかいものだということさえ、私は忘れていたらしい。
いつの間にかこの部屋から、変な虫が消えていた。
だから私はひどく安らかな気持ちで目を瞑ることができた。
「マリアは変わった。前より優しくなった。俺の知らない時間を過ごしてたことが、ちょっと悔しい」
「………」
「でもこれからはずっと一緒だもんな? もうどこにも行かないよな?」
眠りに落ちそうな思考の端で、そう呟いたてっちゃんの言葉を聞いた気がした。
だけど返答する気力は生まれなかった。
どうしてだか、今は死ぬ間際のように、睡魔に吸い込まれてしまう。
こんな風に死ねたなら、私は少しでも幸せに生きたと言えるのだろうか。
誰かの声が聞こえる気がする。
てっちゃんじゃない、それは誰だったか。