徒花
終焉
てっちゃんの部屋にいたはずの虫は、あの日以来、姿を見せることはなくなった。
それまでは邪魔だと思っていたはずなのに、いなくなってみると急に寂しく感じる私は、きっと我が儘なのだと思う。
部屋は奇妙な静寂に包まれていた。
てっちゃんは万年床に横たわったきり、今日はぴくりとも動かない。
私はそのだらんと伸びた腕に頭を乗せたまま、てっちゃんの頬の毛穴の数を数えていた。
「……108、109、110、111、112……」
まるで眼球が顕微鏡のレンズになってしまったみたいに、なぜかいつもよりもてっちゃんの毛穴が大きく見える。
そしてそれは数える数が150を少し過ぎた時のことだった。
バンッ、と大きな音がした。
私たちの世界は、その音と共に、突如として打ち破られた。
「マリア!」
誰かの声で、切り裂くように呼ばれた私の名前。
それと同時に体がてっちゃんから離された。
「うわっ、すげぇ臭ぇ!」
「馬鹿! その男、押さえとけよ!」
「おい、これやべぇぞ!」
無数の男たちの声が矢のように部屋を交差する。
私の安住の地が土足で踏みにじられる。
なのにてっちゃんはへらへらと笑っていた。
「てっちゃん!」
刹那、てっちゃんの顔面に拳が降った。
瞬間にてっちゃんの鼻柱から血しぶきが飛び、万年床を真っ赤に染める。
てっちゃんはくぐもった声を出した。
「やだっ、てっちゃん!」