徒花


コウはたまに、夢うつつの私を胸の中に抱いたまま、誰かと電話する。



「あぁ、大丈夫だよ。マリア、今日プリンちょっと食った。水? うん、いっぱい飲ませてる。前よりは落ち着いてるよ」


誰と話しているのかなんて知らない。

でもコウが誰かと電話をした後には、必ず、玄関に食料が置かれていた。


だからコウは私と同じように、一歩もこの部屋からは出ない。



「だから俺のことはいいって。うん、うん、それはわかってる。うん、了解」


コウは携帯を放り投げ、ため息混じりに宙を仰いだ。



「あ、悪ぃ。起こした?」


それでも私に気付くとまた笑う。


本当は疲弊した顔をしているくせに。

でも、それを感じさせないような素振りで、いつも変わらず私の頭を撫でる。



「まだ寝てろよ。俺ずっとこうしててやるから。どこにも行かねぇよ」

「………」

「眠れねぇか? じゃあ、何か話してやるよ。何が聞きたい?」


コウの本心が聞きたかった。

けれどやっぱり声を出そうとすると、喉元に何かが詰まったような違和感に遮られる。


だから結局また何も言えなくて、コウがひとりで話すことに耳を傾けることしかできなかった。


コウは色んなことを聞かせてくれた。

それなのにいつも、肝心な部分だけは教えてくれなかった。



どうして私を助けるのか、ということだけは。



「そんでさぁ、ダボの所為で、その時俺までとばっちりで職員室に連れて行かれてさ。あれほんと最悪だったよ」


コウの柔らかい声色と腕のぬくもりに包まれて眠りに堕ちた。

夢と現実の境界線は、今も不明確なままだ。

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