徒花
私はまた涙が溢れた。

コウは泥に汚れていない手の甲で私の涙を拭い、



「やっとお前の声が聞けたな」


そう言って笑った。


思い返せば私が最後に発した言葉は、『てっちゃんを殺さないで』というものだったはずだ。

あれからずっと、コウは不安の中にいたのだろうか。



ふと脳裏をよぎる、あの日の残像。



「あの時、お前の頭の中にはテツ先輩のことしかなかった。俺のことなんか見ようともせずに、先輩の方に手を伸ばした。わかってたけど、それはすげぇショックだった」

「………」

「それでも俺は、無理やりにでもテツ先輩と引き離すのが、お前のためになるって思った」


コウは目を伏せ、



「なのにマリア、あれから一切喋らなくなって。壊れたのかと思った。……俺が壊したんだと思ったんだ」

「………」

「だからさ、マリアが、ほんとは俺の顔なんか見たくもないと思っててもいいんだ。俺のことが嫌いだとしてもいい」

「………」

「だからそれがたとえボスのことだったとしても、またお前の声が聞けたから、俺はそれで……」


コウはそこまで言って、唇を噛み締めた。

暗がりの中、声を震わせ、泣いているみたいに見えた。



「ごめんなさい」


どうして謝罪の言葉が口をついたのかはわからない。

いや、そもそも、何についての謝罪なのかもわからない。


それでもどうしても、いたたまれなくて私は、そんな言葉を繰り返した。



全部、私が悪いから、ごめんなさい。

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