徒花
その日は稀に見るほどの熱帯夜だった。
だからだろうか、不意にてっちゃんとの日々がフラッシュバックした。
私はどこかおかしくなったのかもしれない。
この暑さにも、コウのわけのわからない優しさにも、これから待ち受けているであろう現実にも、何もかもに嫌気が差した。
だから気付けば家を飛び出していた。
コウがお風呂に入っている隙をついて、とにかくどこかに逃げてしまいたかった。
行くアテなんかなかったし、それ以前に何かを考えての行動ではなかった。
だからどこでもいいからと、私はそのまま走り抜けた。
財布さえも持っていなかった。
なのに辿り着いたのは街だった。
無意識とはいえ、どうしてこんな場所にきてしまったのか。
人の多さに身がすくみ、路地裏へと足を引いてきびすを返したその瞬間、
「いってぇ!」
ドンッと誰かにぶつかった。
驚いて顔を上げた瞬間、私はまた動けなくなった。
「って、マリアちゃん、こんなとこで何やってんの?」
「あ、あの……」
「コウは? あいつは一緒じゃないの? マリアちゃん、まさか迷子になったとかじゃねぇんだろ? つーか、顔色悪ぃよ?」
ダボくんに会ってしまった。
私はごくりと生唾を飲み込んだ。
怪訝そうな表情に見降ろされる。
「まぁ、いいんだけど」
そう言ったダボくんは肩をすくめ、煙草を取り出し息を吐くと、壁に寄り掛かった。
「ここで会ったのも何かの縁だろうし、ちょい話せる?」