徒花
「そんな顔すんなって。マリアの所為って意味じゃねぇよ。ただ単に、俺の中にやる気とかそういうのがなくなっただけの話で」


優しい人。


コウは前と何も変わってない。

変わってしまったのは、私だけ。



それでも、コウは私に笑顔を向けてくれる。



「でもさ、仕事なんて選り好みしなきゃいくらでもあんじゃん? また何か探せばいいよ」

「………」

「マリアが弁当作ってくれたら、俺いくらでも頑張れるし。あと、煮物もな」


そこまで言ったコウは、はっとしたように「そういえば」と言いながら、ズボンのポケットをまさぐって、



「これ」


差し出されたのは、あの日、私が駅で、コウに投げ付けた指輪だった。

コウは拾わずにいなくなったから、そのままになっていたと思っていたけれど、



「あれから1ヶ月以上経ってたし、探すの、すげぇ苦労したんだぞ?」

「………」

「3日掛かりだったけど、見つかるなんて奇跡だよ。これはもう、神様が絶対別れるなって言ってるってことだろうな、って」


コウはその指輪を、私の左手の薬指にはめ直してくれる。

指まで痩せてしまった私には、すっかりサイズ違いになってしまったけれど。



「抜け落ちそうだな。とりあえず、お前の目下の目標は、太ることだ。そんで、この指輪が前みたいにピッタリになったら、結婚しような?」


涙が溢れて止まらない。



「でも、その前に、今は一緒に寝よう。疲れただろ?」

「うん」


私たちが一緒にいることが、いいことなのか悪いことなのかはわからない。

だけど、どんなに足掻いたって、私たちは離れられないのだと思う。


これが運命と呼ばれるものなのだとしたら、悲しいね。

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