徒花
カイくんは、「それなのに」と声をくぐもらせ、



「4月のある日、こっちに戻ってきた千夏は、俺に言った。『コウと別れなければよかった』、『もう一度やり直したい』、『カイからコウに言ってよ』って」

「………」

「人の気も知らずに、残酷だよなぁ。それでもコウに言いに行った俺は、甘いっていうか、お人よしっていうか。千夏からの頼みは断れねぇの」


カイくんは再びコウに目をやる。

今度は睨むように鋭い目。



「お前、あの日、千夏とヤッたろ? ヨリが戻せると信じ切ってた千夏にだ。上手いこと言って、ヤルだけヤッて。でもやっぱりマリアがいいです、ってか?」

「………」

「ふざけんなってんだよ。千夏がどれだけ傷ついたか、お前にわかるか?!」

「………」

「挙句、子供ができてた。それでも千夏はお前に対する恨み節ひとつ言わず、『コウが今のカノジョと幸せならいい』って言うんだぞ?」

「………」

「誰にも言わずに子供を堕ろしたあいつの気持ちが、お前には少しもわからないだろ?! 父親の同意のサインは俺が書いたよ! そんな俺の気持ちだってお前にはわかんないだろうが!」

「………」

「そんなお前に俺を責める権利があんのかよ! これは全部お前が撒いた種だろ!」


カイくんは叫び散らす。

コウは目を見開いたまま、茫然としていた。



「俺はその女が、コウと同じくらい嫌いなんだよ」


カイくんのその指は、真っ直ぐに私に向いている。

私はたじろいだ。



「何で別れてないんだよ?」

「………」

「他人を踏み台にしてコウの隣にいるってことにも気付かずに、のうのうと過ごしてて」

「………」

「コウなんかのどこがいい? さっさと別れてればあんなことしなかったのに。どんなに傷ついたって一緒にいたいです、ってか? ふざけんなよ、気持ち悪い」

「………」
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