徒花
沙希が乗り込むと同時に、扉が閉まる。

沙希は泣きながら、「ありがとう」と窓ガラス越しに私に言う。


でも、てっちゃんが最後ににこちらを向くことはなかった。


僅かに揺れている気がするその肩。

だけど、てっちゃんが私に涙を見せることはないままで。



「てっちゃん……」


ナンパされて出会い、流されるようにして、一緒に過ごすようになった日々。

いつも嫌なことがあるとすぐに、私はあの古びた木造のアパートに逃げ込んで。


そして最終的には、ふたりでクスリと快楽に溺れたね。


だけど私は、確かにてっちゃんという存在に救われていたんだよ。

愛ではなかった、けれど同じシンパシーの中にいられることで、辛うじて壊れてしまいそうだった自分を保てたの。



「沙希……」


入学式の日、ぽつんと座っていた、誰ひとり知り合いのいない私に声を掛けてくれた面倒見のいい沙希とは、すぐに親友になった。

何をするにも一緒で、双子のようだとまで言われた私たち。


だけど、私は沙希に頼りっぱなしで、悩みのひとつも聞いてあげられなかった。


今ではそれを後悔せずにはいられないけれど。

でも、お姉ちゃんみたいだった沙希が選んだ人生なら、きっと大丈夫だと、私は思う。



「ありがとう」


人のいなくなったホームで、私は線路の続く先を眺めた。



これからふたりが、どこでどんな風に暮らすのかはわからない。

けど、でも、願わくば、胸を張って幸せだと言える道を歩んでほしいと思う。


それだけが、今の私がふたりに対して祈れること。

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