徒花
「その時にはもう、私だって注射嫌いくらい克服してるわよ。どうせ子供なんて何年も先のことなんだから」

「おいおい、マジかよ。俺結婚したら早く子供欲しいんだけど」

「気が早いって。私そんなこと考えたこともないし」


そんな話はどうだってよかった。

起き上がって動くと、やっぱり胃痛がひどくなる。


私は胃の辺りをさするが、コウはまだ横でわめいていた。



「悠長なこと言いやがって。20代なんてあっという間だぞ? 俺ら、すぐにジジババになるんだぞ?」

「はいはい。わかったからちょっと静かにしてよ」

「聞けよ、てめぇ。今すぐ孕ますぞ」

「もう、ほんとうるさいってば。そのギャグ、笑えないから。大体、私は……」


あれ?

私、前の生理、いつだっけ?


思い出せなくて、すっと血の気が引いていく。



「……コウ」


胃の痛みがどんどん増して。

それがさらに、不安を煽って。



「私、生理きてないよ……」

「え?」


今までふざけたことを言ってたはずのコウの顔までこわばっていくのがわかる。


何言ってんだよ、と、コウが笑い飛ばしてくれればまだ、私も杞憂で終われたのに。

なのに、そんな顔しないでよ。



「マリア。落ち付け。とりあえず落ち着こう」


コウはまるで自分に言い聞かせているみたいだった。

そして手探りに煙草を取り出して火をつけようとするが、でもはっとしたようにすんででそれを止めた。


私はよろよろとソファに崩れた。
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