徒花
ひどい虚脱感。

大嫌いな夜に、急にひとり取り残された私。



「……何で帰るのよ、馬鹿」


呟きがぼとりと落ちる。



別に今更、一夜限りの関係にどうこう言うほど、私は純粋じゃない。

何より、コウとそうなったっていいと思ったからこそ、うちに呼んだのに。


なのに、どうして?


手を出されなかったことが悲しいんじゃない。

自分の部屋なのに、置き去りにされたみたいな感じが嫌だ。



「……片付け、しなきゃ」


それでも、くだらない思考を振り払い、私はよろよろと立ち上がった。

その時だった。


ピンポーン、と鳴った、チャイムの音。



立ち上がった所為で余計に酒がまわり、半分、朦朧としていた私は、何の疑問も警戒心も抱かず、ついでとばかりに「はい」とドアを開けた。



「馬鹿。何で戸締りしてねぇの」


なぜか戻ってきたコウは、困ったように笑い、私の腕を引いた。

よろめきついでに抱き締められた私は、何が何だかわからず、おたおたした。



「やっぱ帰りたくなくなったから、夜這いに来た」


鼓動は早鐘を打つ。

遅れてその言葉の意味を理解した私が「え?」と顔を上げた瞬間、唇を奪われた。


性急なキスと、強さを増した甘い匂い。



「んっ」


声が漏れて、そしたらコウは意地の悪い顔でふっと笑う。

バタン、と、ドアが閉まる音と私が押し倒された音が重なった。
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