徒花
コウの家族を思い出す。

冷たい目をしたコウのお父さんのことを。



「……でも、私が親になれるなんて思えないし、それに……」

「じゃあ、堕ろすか?」

「……それ、は……」


言葉に詰まる。

コウはそんな私を真っ直ぐに見つめ、



「こんなこと言ったら冷たいのかもしれないけど、何だかんだ言ったって、産むのは俺じゃない。だから、お前が無理だと思うなら仕方ない」

「………」

「けど、命だぞ? 俺らの子だぞ? 殺せんのか?」


『殺せんのか?』

コウの言葉が突き刺さった。


そんなこと、できるはずはない。



「第一、親になる覚悟を持って生まれてくる人間なんてひとりもいねぇよ。初めはみんな子供なんだよ。でも、子供が親を“親”にさせてくれんだよ、きっと」

「………」

「最初は未熟で、右も左もわかんねぇのが当然だろ。だって、初めてのことなんだから。でも、だからこそ、そのために“親”はふたりいるんだろ?」

「あ……」

「ひとりじゃねぇ。ふたりだ。お前には俺がいるから。難しいことなんて何もねぇ。子供を愛してやればいいんだよ。それだけでいいはずだから」


コウは私の手を取った。

あたたかい手が私の冷たい手を包む。



「産んでくれよ、マリア。お願いだから。俺とお前の子を、殺したりしないでくれ」


涙が溢れた。

でもそれはもう、不安だからとかじゃなくて。



「俺、ちゃんと働くし。金が足りないなら親父に土下座でも何でもする。二度と喧嘩も浮気もしないって誓う。だから、子供、産んでよ、マリア」

「うん」


涙声で言ってうなづいたら、コウに抱き締められた。
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