徒花
どこに向かうのかわからない車内。
軽快な音楽と共に、運転席のダボくんも楽しそうだった。
「マリアちゃん、体調どう?」
「今は平気だよ。家にこもってるより、外に出てる方が楽っていうか」
「つわりってやっぱりしんどいの?」
「今はまだそうでもないけど、常に眠くて嫌になるよ。だからって、起きたら気持ち悪くなるし。まぁ、安定期になったら大分落ち着くもんらしいけど」
「大変だね、妊婦さんって。男の俺には全然わかんないや」
私たちが会話している間、コウはただ黙って窓の外を眺めていた。
知らない景色。
夜だからというのもあるけれど、だから余計、私にはここがどこかわからない。
「……結婚、か」
ダボくんは感慨深げに呟いた。
「コウ、昔から言ってたもんな。『早く結婚したい』って」
「ん? あぁ」
「何言ってんだか、って感じだったけど、今となっては俺もそういうささやかな夢を見るのもアリかも、って思うようになってきたよ」
「ダボの場合はまず相手を探すことからだろ」
「うるさいっての」
ダボくんは笑う。
でも、笑っているのはダボくんだけだった。
コウは物憂い顔のまま。
「どうした? コウ」
ルームミラー越しに、ダボくんはそんなコウを見やるが、
「いや、ちょっと考え事しててさ」
「ふうん」
ダボくんは深く追求しようとはしなかった。
車内に沈黙が訪れた。