徒花
「なぁ、コウ。俺は俺自身を不幸だとか可哀想だとは思わないし、これでいいと思ってる。初めから、今もずっとだ」

「………」

「俺は、もし仮に誰かを蹴落として欲しいものを手にしたとしても、そんなことに幸せは感じられないんだよ。それより周りが幸せな方がずっといい」

「………」

「俺とお前は違う。お前の尺度で俺を測るな。そしたら俺はただの惨めな男でしかなくなるだろ。それに同情ならもっと勘弁だ。特にお前にだけにはな」


ふたりの言わんとしていることが私にはまるでわからない。

けど、そんな曖昧な言葉で通じたのか、コウは「そうだな」と自嘲気味に言った。



「でも俺は、いつお前のその博愛主義の仮面が剥がれるのかって、ひやひやする時があるけどな」

「仮面なんてないさ。それに俺はコウが思ってるほど崇高な人間じゃない。買いかぶり過ぎだよ」

「だといいけど。俺、ダボにまで裏切られたらさすがに死ぬぞ?」

「何言ってんだか。俺は親友を裏切らない。それにお前、子供の顔見る前に『死ぬ』とか不吉な言うなっつーの」

「だよな」


ふたりは目配せして笑う。


何だかよくわからないけれど、話がついたならいい。

どうせ私が聞いたって教えてくれないんだろうし。



ちょうどのタイミングで、車はマンションの下に到着した。



もうすぐ午前2時。

眠くて堪らなかった私は、よろよろと車から降りた。



「ダボくん。今日、ありがとね。すっごい感謝してる」

「そう言ってもらえてよかったよ。あと、写真、現像したら渡すから」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」


コウも「じゃあな」と言う。

走り去る車を見つめながら、やっぱりダボくんは優しい人だなと思った。

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