徒花
彼女――千夏さんは、お行儀よく私に「はじめまして」と言って笑顔を向ける。
なのに、私の顔は引き攣っていた。
たったそれだけのことで、私は負けてるみたいで。
勝ちも負けもないはずなのに、私は千夏さんから目を逸らしてしまう。
「マリア、気にするな。千夏に悪意はないはずだから。それに今、俺はお前以上にこの場に居づらいよ」
ユキチくんは噴き出しそうになる口元を慌てて押さえる。
「まぁ、そりゃそうだよな。今カノと元カノに板挟みにされてんだもんな。俺なら耐えられなくて死ぬよ。でも逃げ出さなかったお前は偉い」
「うるせぇな。てめぇの所為だろ。俺だってほんとは今、パニクってるってんだよ」
千夏さんも、そんなコウを見てくすりと笑う。
顔をうつむかせているのは私だけだ。
でも、私がこの場を去ればもっと惨めになるのはわかっているから、動けなかった。
「ゆきちゃん以外はみんな、ほんとは逃げ出したいよ。だから早く終わらせてよ。『話がある』って言うからわざわざこの街に戻ってきたっていうのに」
「あぁ、そうだな」
「ゆきちゃんが『どうしても』って言わなきゃ、私はもう二度とこんな街に戻る気はなかったのよ」
言いながら、千夏さんはユキチくんの隣に座る。
『もう二度と』
それはコウとのことがあったから?
なんて、私なんかが聞けるはずもない。
さすがのコウもお茶を濁せない空気だと思ったのか、目を伏せる。
息を吐いたユキチくんは、隣にいる千夏さんを一瞥し、
「俺、ずっと千夏のこと探してたんだ。どこに行ったのか、誰に聞いても知らなくて。それで途方に暮れたところで千夏のかーちゃんをやっと捕まえたのに、『口止めされてる』の一点張りで。それでも頼みこんだらやっと教えてくれた」
「………」
「だけど、教えられた住所の部屋はもぬけの殻。おまけに会社に確認してみたら『辞めました』とか言われてさぁ。俺はそこでまた途方に暮れたわけだ」
「………」
なのに、私の顔は引き攣っていた。
たったそれだけのことで、私は負けてるみたいで。
勝ちも負けもないはずなのに、私は千夏さんから目を逸らしてしまう。
「マリア、気にするな。千夏に悪意はないはずだから。それに今、俺はお前以上にこの場に居づらいよ」
ユキチくんは噴き出しそうになる口元を慌てて押さえる。
「まぁ、そりゃそうだよな。今カノと元カノに板挟みにされてんだもんな。俺なら耐えられなくて死ぬよ。でも逃げ出さなかったお前は偉い」
「うるせぇな。てめぇの所為だろ。俺だってほんとは今、パニクってるってんだよ」
千夏さんも、そんなコウを見てくすりと笑う。
顔をうつむかせているのは私だけだ。
でも、私がこの場を去ればもっと惨めになるのはわかっているから、動けなかった。
「ゆきちゃん以外はみんな、ほんとは逃げ出したいよ。だから早く終わらせてよ。『話がある』って言うからわざわざこの街に戻ってきたっていうのに」
「あぁ、そうだな」
「ゆきちゃんが『どうしても』って言わなきゃ、私はもう二度とこんな街に戻る気はなかったのよ」
言いながら、千夏さんはユキチくんの隣に座る。
『もう二度と』
それはコウとのことがあったから?
なんて、私なんかが聞けるはずもない。
さすがのコウもお茶を濁せない空気だと思ったのか、目を伏せる。
息を吐いたユキチくんは、隣にいる千夏さんを一瞥し、
「俺、ずっと千夏のこと探してたんだ。どこに行ったのか、誰に聞いても知らなくて。それで途方に暮れたところで千夏のかーちゃんをやっと捕まえたのに、『口止めされてる』の一点張りで。それでも頼みこんだらやっと教えてくれた」
「………」
「だけど、教えられた住所の部屋はもぬけの殻。おまけに会社に確認してみたら『辞めました』とか言われてさぁ。俺はそこでまた途方に暮れたわけだ」
「………」