徒花
「別に、今ここにコウのカノジョさんがいるから言ってるとかじゃないの。それが私の今の本当の気持ちなの」

「………」

「それに、謝られたら辛いじゃないの。また思い出しちゃうじゃないの」

「ごめん……」

「ほら、また」

「でも俺はお前に対して『ごめん』としか言えねぇよ」


千夏さんは「困ったなぁ」とこぼす。

泣きそうなのを必死で堪えてるみたいな顔だった。



「『ごめん』はもういらないから、その代わり、ひとつだけ聞かせて?」

「うん?」

「もし、もしも私があの時コウに、子供ができたから産みたいって言ってたら、コウはどうしてた?」


想像したら少し震えた。

でもコウはすぐに答えた。



「産めって言ってたよ。そんで、今頃お前と俺は夫婦だっただろうな」

「嘘でしょ? カノジョがいたのに? 認知するだけじゃなくて?」

「確かに俺はマリアを選んだよ。でも、もし千夏に子供ができたって知ったら、おまけに産みたいって言われたら、感情云々じゃなく、千夏を選んでた。責任もあるけど、それ以上に自分の子は殺せないから」

「………」

「いや、それは堕ろしたことが悪いことだって意味じゃないんだ。お前の決断をどうこう言うつもりもない。でも、俺は……」


ショックだとは思わなかった。


それがコウという人間だから。

私はそういうコウを好きだと思う。



「それを聞けてよかった。私が好きだったコウは、やっぱり世界で一番だね」

「………」

「でも、だからこそ、あの時コウに言わなくてよかった。私とコウはもう付き合うべきじゃないし、ましてや結婚なんてありえない。すぐに破綻するのが目に見えてる」

「………」

「子供が生まれた後に離婚して片親で育つよりずっと、何もわからない時に命を消してあげられたんだし。身勝手だけど、それが私なりの、子供に対する母性なの」
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