徒花
途中、立ちくらみがして転びそうになったところをすんででダボくんに支えられ、「俺も一緒に行こうか?」と聞かれたけれど、私は「大丈夫」とだけ言った。

コウのお父さんは私を別室へと連れ立った。



何を言われるのだろうとは思ったけれど、あまり思考が働かなくて。



「これを」


振り向いた後、お父さんは私の方も見ずにビニール袋に入った何かを差し出してきた。



「警察の人から先ほど返却されたんだが。コウの胸ポケットに入っていたそうだ」


血に染まった婚姻届と、お守り。

私たちの、約束の証。


私は震える手でそれを受け取る。



「単刀直入に聞くが、きみはコウの子を宿しているらしいね」

「……はい」


かすれた声。

それでも、事実は事実だ。


コウのお父さんは深いため息を吐き、やっと私を見て、



「では、コウの親として言わせてもらうが、その子供を堕ろしてくれないか」

「え?」

「その子を産んでも誰もためにもならない。金ならいくらでも出す。だから、お願いだ。そんな子を産まないでくれ」


言ってることが理解できなかった。



『そんな子』?

『金ならいくらでも出す』?


コウの、この世界で唯一の忘れ形見なのに。



「嫌です」


発した声は、嫌悪でくぐもっていた。

いくらコウのお父さんだからって、言っていいことと悪いことがある。
< 279 / 286 >

この作品をシェア

pagetop