徒花
また深く息を吐いたお父さんは、右手で顔を覆った。
その肩は震えていた。
「わかっているんだ。きみの言いたいことは。十分すぎるほどわかっているんだよ」
再び顔を上げたお父さんは、目の淵を赤くしていた。
「わたしだって本当は、息子が残した子の顔が見たい。産んでくれと言いたいんだよ。だけど、死んだ人間の親として、そうは言えないんだ」
苦悶の声でお父さんは続ける。
拳を作り、唇を噛み締めて、
「きみはまだ若い。これからだって、たくさんの出会いがあるはずだ。素晴らしい未来が待っているんだよ」
「………」
「それなのに、死んだ人間が残したものに一生縛らせるわけにはいかない。今はどうとでも言えても、その子を産むことよって、きみが一瞬でも後悔した時には遅いんだ。そしてそれはいつか必ず訪れる」
「………」
「ひとりで子を育てるということは、両親が揃っていることの何百倍もの苦労があるのだからな。金銭面だけじゃない。子供にも不自由な想いをさせてしまう」
「………」
「だからこそ、悲しいが、きみは子供を堕ろして、自由になるべきなんだよ。コウの呪縛から解放されて、新しい人と幸せになってくれ」
「………」
「わたしはコウの親として、それしか言えない。死んだ人間の親だからこそ、生きているきみのこれからのことの方が大切だから」
お父さんは、私のために、『堕ろしてくれ』と言う。
『死んだ人間の親』として。
コウのお父さんは、「頼む」と私に頭を下げた。
「そんなこと言って、本当はコウのことが嫌いだからでしょ。私がこの子をダシにあなたにお金を無心するとでも思いましたか? コウの忘れ形見に縛られたくないと思ってるのはそっちなんじゃないんですか」
お父さんは顔を上げる。
整髪料で整えていた白髪混じりの髪の毛が、ぱさりと頬に落ちた。
「悪いのはわたしなんだ」
その肩は震えていた。
「わかっているんだ。きみの言いたいことは。十分すぎるほどわかっているんだよ」
再び顔を上げたお父さんは、目の淵を赤くしていた。
「わたしだって本当は、息子が残した子の顔が見たい。産んでくれと言いたいんだよ。だけど、死んだ人間の親として、そうは言えないんだ」
苦悶の声でお父さんは続ける。
拳を作り、唇を噛み締めて、
「きみはまだ若い。これからだって、たくさんの出会いがあるはずだ。素晴らしい未来が待っているんだよ」
「………」
「それなのに、死んだ人間が残したものに一生縛らせるわけにはいかない。今はどうとでも言えても、その子を産むことよって、きみが一瞬でも後悔した時には遅いんだ。そしてそれはいつか必ず訪れる」
「………」
「ひとりで子を育てるということは、両親が揃っていることの何百倍もの苦労があるのだからな。金銭面だけじゃない。子供にも不自由な想いをさせてしまう」
「………」
「だからこそ、悲しいが、きみは子供を堕ろして、自由になるべきなんだよ。コウの呪縛から解放されて、新しい人と幸せになってくれ」
「………」
「わたしはコウの親として、それしか言えない。死んだ人間の親だからこそ、生きているきみのこれからのことの方が大切だから」
お父さんは、私のために、『堕ろしてくれ』と言う。
『死んだ人間の親』として。
コウのお父さんは、「頼む」と私に頭を下げた。
「そんなこと言って、本当はコウのことが嫌いだからでしょ。私がこの子をダシにあなたにお金を無心するとでも思いましたか? コウの忘れ形見に縛られたくないと思ってるのはそっちなんじゃないんですか」
お父さんは顔を上げる。
整髪料で整えていた白髪混じりの髪の毛が、ぱさりと頬に落ちた。
「悪いのはわたしなんだ」