徒花
赤くなった瞼に薄っすらと涙の膜が張る。

お父さんはまたぐっと拳を強く握り、



「あいつを跡継ぎのための道具のようにしか思っていなかった。なのに、あいつが非行に走ると、途端にいらないと切り捨てた」

「………」

「わたしはコウの心をひどく傷つけたんだよ。だからこんなことになったのだって、元を辿ればわたしの所為だ」


お父さんは懺悔するように言う。



「厳しくするのがコウのためであり、愛情だと思っていた。自分の過ちにも気付かず、ただ悪さをするあいつを改心させようとするばかりで」

「………」

「せめて人並みに愛してやればよかった。世の父親のように、キャッチボールでもしてやればよかった。後悔ばかりなんだよ」

「………」

「嫌いなんかじゃなかった。だがそれを伝えられなかった。恨まれていたとしても仕方がないんだ」


お父さんは私の手を握る。

苦労が現れている、ごつごつした手は、震えていた。



「あいつはきみを守って死んだそうじゃないか。きみと、腹の子をだ。いつまでもどうしようもない子供だと思っていたコウが、立派に、男として」

「………」

「わたしはきみを責めてはいない。むしろ、コウが守ったきみが幸せになってくれることを願っている。そのために、その子を堕ろしてほしいんだ」


初めて涙が溢れた。

お父さんの不器用な、でも真っ直ぐした気持ちが伝わって。


でも、だからこそ、私は首を横に降った。



「私、産みます」


今ならはっきりと、そう言える。



「私の幸せは、もう、このお腹の子と共にあるんです。縛られてるとかじゃない。私自身がそうしたいんです」
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