徒花
帰宅の途を辿りながら、私はてっちゃんとの過去を思い出していた。
楽しかったこと、楽しくなかったこと。
私は息を吐いてマンションの下で足を止める。
じっとこちらを見る野良猫の存在に気がついたから。
私が肩をすくめて、手にしているコンビニの袋を漁ると、ガサゴソという音に反応したように、その猫は寄ってくる。
「おいで、ボス」
ボス、と、勝手に名付けたのは、単にその猫が太っているから。
「ねぇ、ボスさぁ、その目つき、どうにかしようよ。怖いからさぁ。聞いてる?」
なのに、ボスは私があげたスルメイカをむさぼり続ける。
よっぽど好きなのだろう。
そんなことに笑みを零しながらも、また脳裏をよぎったてっちゃんとの過去を振り払う。
私は携帯を取り出し、コウに電話を掛けた。
「おー、どしたー?」
「別に。何やってんのかなぁ、って」
「今カイと飯食ってる。来るか?」
「えー?」
「来いよ。どうせ暇してんだろ?」
コウは居酒屋の場所を告げた。
だから私は少し考え、「わかった」と言った。
電話を切り、ボスの背中をひと撫でして、
「それじゃあね、ボス」
相変わらず応えてはくれないけれど、構わず私は立ち上がる。
今日は月が見えない夜だった。