徒花
カイくんに怒鳴られたコウは、舌打ち混じりにその手を離し、きびすを返す。

そして走りながら私の手を引いた。


引っ張られるまま、私は、もつれた足で走った。


T字路まで来たところで、私とコウ、そして残りの3人に別れて逃げる。

コウの、血のりのついた手は、冷たかった。



それからどれくらい走ったのか、公園まで辿り着き、ふたり、はぁはぁと肩で息をしながらその場に崩れた。



「怪我してねぇか?」


コウは私の顔を覗き込む。

でも、緊張の糸がほどけた私は、今更震えが走り、泣きそうだった。



「……何で、こんな……」

「だって、あいつらが悪ぃからだろ。人の女をナンパした挙句、触りやがって。今度見つけたらマジ殺す」


悪びれてもいないコウは、また思い出したように苛立った顔をする。



「何も、あそこまですることないじゃない!」

「じゃあ、どうすればよかったんだよ! 茶飲んで話し合いましょうってか? ふざけんなってんだよ!」


コウの気持ちはわかるし、私が男だったら同じようにするのかもしれない。

けど、でも、私は男じゃなくて女だから、こんなのを嬉しいとは思えない。



「だからって、人を殴ってもいいの?! 暴力振るっても許されるの?!」

「許すか許さないかは俺が決めることなんだよ!」


コウは私の肩を掴んで揺する。

血のついたままの、その冷たい手で。



「だったら、あの時、お前が何されてたとしても、へらへらしてりゃよかったのかよ!」

「………」

「くだらねぇ道徳心が何になるんだよ! 他人にどう思われたって、俺は好きな女のためなら何だってしてやるよ! それの何がいけないんだよ!」
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