徒花
私は舌打ち混じりにしぶしぶそれに従い、助手席のドアを開けた。



別にこの男の言葉を信じただとか、そういうことじゃない。

ただ、確かに私は暇で、だからこの男が何か面白いことでもしてくれればと思ったから。


つまんないだけの毎日に起きた、小さな波紋。



「で? 私をどこに連れて行く気?」

「リクエストは?」

「ないわよ。変なことするような場所じゃなければ、どこへでも」

「あっそ。じゃあ、適当に」


言って、彼はシフトをドライブに入れた。


車は街の中心街から外れるように走る。

ネオンが夜を泳ぐように見える。



「ねぇ、あなた、名前は?」

「コウ」


男は――コウは、そして私を横目に一瞥し、



「お前はマリアだろ?」

「何で知ってんのよ」

「フィールっていうキャバクラのナンバーワンの」


言われた私は、思わず笑ってしまった。


確かに私はフィールという店でキャバクラ嬢をやっていて、ついでにナンバーワンだった。

けれど、それも、昨日までの話だ。



「あなたはそっちの私が目当てだったわけね。でも、残念。私はもうキャバクラ嬢でもなければ、ナンバーワンでもないの」

「マジで?」

「マジで。辞めたのよ、昨日。疲れるし、飽きたから」

「そんな理由でかよ」


コウという名の彼は、大袈裟に肩をすくめ、取り出した煙草に火をつけた。
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