徒花
あんなことをする人なんて嫌い。
だからもう別れる。
とは、もう言えないほど、私の中にコウは深く住み着いていた。
それを剥がし取る痛みに耐えられるわけもなくて。
結局は、どれだけ自分がコウを愛し、必要としているのかを、身をもって知らされた。
あれから丸一日が経った夜だった。
「ごめんな」
いつものショットバーの、薄暗いカウンターの片隅で、コウはそう言ってこうべを垂らす。
「もういいよ。それよりさ、ビリヤード、教えてよ。私もやってみようかと思って」
「え?」
「だって、いつも見てるだけじゃつまらないし。それに私も、コウの好きなものを好きになりたいから」
言うと、コウはくしゃっと笑った。
子供みたいな顔で「うん」とうなづく。
コウは優しく私の肩を抱いて、「おいで」と、ビリヤード台へと私をいざなう。
「基本はナインボールな。この棒はキューっていうんだけど、これであの白い球を打って、1番から順に狙うの。で、最後の9番をポケットした方が勝ちなんだけど」
コウは試しにショットを見せてくれた。
鮮やかに、赤いボールが右の角のポケットに吸い込まれる。
いつ見てもすごいと思う。
「大体はわかるだろ?」
「うん」
「じゃあ、やってみ?」
教えられるままに、右手でキューのグリップ部分を握り、左手の親指と中指でキューを支えるように持った。
これがなかなか難しくて、すぐに手が痛くなった。
それでも、見よう見真似で打ってみたが、キューがかすり、白玉は明後日の方に転がってしまう。