徒花
心がきりきりと痛んだ。

“千夏さん”の気持ちは、同じ女として、わからないわけではない。


けど、でも、だからって、それで私が身を引く気になるかと問われると、そういうわけにもいかない。



私だってコウが好きなんだ。



「俺にはまるでわかんないよ。千夏も、マリアちゃんも、どうしてあんなやつに執着するんだろうねぇ」


カイくんは、最後の煙を吐き出しながら、煙草を灰皿になじった。

そしてバーテンに「マティーニを」と言い、また私に目をやる。



「俺は女と割り切った付き合いしかしない。感情なんて面倒なだけだ。でも、コウは違う。あいつは相手に優しくして、心底惚れさせて。なのに必要なくなったら、ポイ」

「………」

「コウは自分が可愛くて、その場が楽しければよくて。ただそれだけ。全部、自分のためだけに、相手に優しくするんだ」

「………」

「どんなに賢い女でも、それに気付いた時にはもう手遅れになってる。コウにはそういう魔力みたいなもんが備わってて。抜け出せないんだって」

「………」

「確かにあいつはすごいよ。何を言えば相手の懐の中に飛び込めるか、本能でわかってる。計算じゃないってところが厄介ではあるんだけど」

「………」

「まぁ、とにかくアレは天性のろくでなしなんだよ。最近は少し落ち着いたと思ってたけど、熱が冷めればこんなもんさ」


カイくんは、出されたマティーニを一気に流し込んだ。


私は顔をうつむかせる。

カイくんは、そんな私に、また同じ言葉で問うてきた。



「どうすんの?」

「だから、何がよ?」

「マリアちゃんがだよ。千夏といるところに乗り込まないってことは、何も知らないふりしてコウを許すってこと?」

「さぁね。わかんないよ。今は頭が真っ白で、何も考えられない」
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