徒花


帰ろうとは思ったものの、どうしてだか足が向かず、仕方がないからそのままクラブに来てしまった。

人だらけの、土曜の晩。


ぼうっとしてるだけの私の体に、重低音が容赦なく響き、形成してるものが壊れてしまいそうだった。



「マリア」


声を掛けてきたのは、てっちゃんだった。

どうしてこんな時に会ってしまうのか。



「何よ」

「ひとりでそんなとこで冴えない顔してつっ立ってて、俺じゃなくても気になるだろ」


てっちゃんはアルコールグラスを差し出してきた。

私は、手渡されたそれを一気に流し込んだ。



「コウと何かあったんだろ?」

「さぁ?」

「はぐらかすなって。顔見りゃわかるってんだよ。付き合いだけは長ぇんだから」

「やだなぁ。私ってそんなにわかりやすい?」


笑って受け流したつもりだったのに、てっちゃんは真面目な顔を崩さない。



「もういい加減、別れろって。コウは、遊びならまだしも、本気で付き合うようなやつじゃない」

「そんなこと言って、てっちゃん、弱ってる私につけ込もうとしてるわけだ?」

「隙だらけのくせに。それに、どんな方法でだって、俺はマリアと戻れるなら何だってするけど」


てっちゃんの言葉は真っ直ぐだった。

だから私はその目を直視できなかった。


今の私なら、簡単にてっちゃんになびいてしまいそうで、そしてそれ全部、てっちゃんの所為にできてしまうから。



「すごいねぇ、てっちゃんは。言い訳まで用意してくれてる」

「お前が傷つくことはない。コウなんかこっちから捨ててやれ」
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